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統計教育の「PPDACサイクル」とは?

現在、教育現場で注目されているPBL(Ploject Based Learning)。今回は統計教育にフォーカスする。

 

 

 

PBLについての研究着手

 

大学時代の体験で問題意識を持った私は、PBLについて国内外の論文、実践報告書、教材を読み漁りました。専攻は数学教育コースということもあり、数学教育、統計教育、データ分析教育におけるPBLについて調べました。

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やはり、諸外国の方がPBLが進んでいました。単発の授業内だけでなく、カリキュラム全体を通してPBLが組み込まれていました。さらには、教科を横断して取り組まれていました。その最たるものが、統計やデータを用いた「統計的課題解決」でした。

 

 

統計教育のPPDACサイクルとは?

 

ニュージーランドにおいては,小中学校で統計的な課題解決のプロジェクト学習を生徒が実行する際に,課題解決のプロセスを常に確認できるように下図のような教材ポスターが配布されています。課題解決のプロセスはPPDAC(Problem→Plan→Date→Analysis→Conclusion)として示されています。

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ニュージーランドのPPDCAサイクル

 

 

 

以下に,渡辺(2007)[1]を参考にしてPPDACサイクルによる課題探求のサイクルの説明をする。

 

Problem(身近な課題の明確化)

 例えば,女子は男子より勘が鋭いかどうか?などの身近な課題を設定する。この最初の段階の課題は,まだ洗練されておらず,定義があいまいで定義に結び付けられていない。これを,勘が鋭いとは具体的に何を意味し,何を測ればデータとして客観的に計測できるのか?(これは一つには決まらない),また対象の女子,男子はどの範囲を指すのか?などを個人やグループでブレーンストーミングさせるのである。

 

Plan(調査・実験研究のデザイン)

 この段階では,何をデータとして測定するのかを決め,そのための実験や調査の手段,対象を考え,実際にデータを収集する。データ収集の方法は統計的な技法として,最も重要な部分である。そのため,学年とゆるく連動しているレベルに応じて,ナショナルカリキュラムの中で,どこまで方法として精緻化させるべきか,目標が明記されている。

 例えば,小学校高学年から,データ数(サンプルサイズ)やデータの取り方(サンプリング)に関しての妥当性を意識させ,中学,高校ぐらいのレベルでは,ランダムサンプリングの方法を使用した調査計画をたてることや高校のレベルでは,実験計画法による実験のデザインを組むことも明記されている。

 

Data(データ表の作成)

 収集したデータをデータ行列の形式に整理する段階である。統計グラフの作成や分析は,すべてこの形式のデータ行列に基づくので,集めた個々の対象のデータをこの形式にできるということが最初の一歩と言って良い。教科書の中で,いつもこの形式で最初から整理されたデータから分析の練習をしていると,実はいろいろな形式の素資料をこの形式のデータ表にするということができないので,実際に何度か経験させておくということは実践力を培う意味では大切なステップである。

 また,もう一つ大事な点は,例えば,‘身長’をデータ(変量1)として記録し分析する場合でも,身長以外の観測対象の属性(男女や学年など)をデータとして意識させる指導を最初のProblem,Planの段階で行い,実際に変量2,変量3のデータとして記録させることである。なぜなら,統計分析とは,対象変量の分布の構造を探索し記述する技法であるが,それは,例えば,男女の違いや学年の違いなど他の要因で説明のつく変動と,説明のつかない同質な集団の中での変動(自然変動,偶然変動)の違いに気付くことから,分布の記述への探索が始まり,これが予測精度の向上や因果推論の基礎ともなるからである。

 また,例えば,‘身長’の母平均を推定するために,ランダムサンプリングによって,得られたデータだとしても,身長以外の対象者の属性(性別,学年など)が同時に偏って選択されていないかどうかなどをチェックすることが,ランダムサンプリングを理解する上で非常に大事なキーポイントとなる。

 そのため,後の分析で使うか使わないかは別にしても,データ表はできるだけ複数の変量(多変量)の形式で記録させ,目的としている変量以外にも,いろいろな属性が背景に付いていて,それが目的とする変量の分布にどう影響を与えるのか,また影響を与えないと言えるのか,この疑問に自発的に気付く用意をさせておくことが肝要である。またそれに気が付いて,データによって検証を試みだすことが,データに基づく科学的な思考の始まりで,同時に,データを分析する面白さもここにある。

 

Analysis(データの分析)

 データを実際に分析する段階であるが,ここで取り扱われるデータの種類と統計的な内容とを含めて,レベル(学年とゆるく連動)に応じて次第に精緻化される。また,統計的思考力の育成の観点から,推奨されている留意点は以下の通りである。

①定性的なグラフ作成のスキルを教えるのではなく,枠にはめず,生徒自身の分析ストーリーに沿ったグラフを多様な視点で独自に作成させ,グラフの表題や軸の意味を説明させることが,分布の理解に繋がる。

②グラフで表現された分布の形を客観的に表現する‘ことば’を教えておくと同時に,対応する意味も理解させておく。実は,これが後で基礎統計量(分布の形状を記述する指標)の概念の本質的な理解に繋がる。

 例えば,1変量の分布でいえば,

・最も大きな値と小さな値は?

・データの集中(ピーク)は,1つか2つか?(多峰性)

・データの集中位置とその範囲は?

・データを半分に分ける点は?

・データの中心半分の範囲は?

・広がりの程度は?

・データの集中する位置を基準に対象か,歪んでいるのか?

・外れ値は?

などである。

③データを考察すると同時に,データの背景についても関連する考察をするように習慣付ける。

 

Conclusion(最初の課題に対する結論)

 最初に設定した疑問や課題に対する答えを分析結果に基づいて,理由を述べながら説明する。ここで重要なことは,分析から客観的にわかったことと,そこからデータの背景に戻って推論したことをはっきりことばで区別して表現させ,伝えることである。

 また,必ず,今回の分析で不足した点や新たに生じた検証すべき課題や疑問など,次のPPDACサイクルの出発点を示させることは,引き続きその作業をやる,やらないに係わらず,研究の継続性や知の創出のサイクルを意識させるためのキーポイントとなる。

 

このように,ニュージーランドの統計教育においては,このPPDCAサイクルを常に意識させて統計に関する内容の学習がなされている。すなわち,問題解決を通した学習が目指されている。

 他にも、アメリカ合衆国でも問題解決を通して統計的な内容を学習することがなされている。統計教育が充実している諸外国では,このような問題解決型の学習がなされている。

 

日本ではどのような取り組みがなされているか。それはまた今度書きます。

 

[1] 渡辺美智子(2007) 「統計教育の新しい枠組み-新しい学習指導要領で求められているもの」数学教育学会論文誌第48巻第 3・4号, pp.39-51